シドニーサバイバルストーリー
〜どうでもいい筆者の実像に迫る〜
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自分の個人情報や経歴なんかを公開するのは本当に恥ずかしいのですが、いままでよりももっと親しみやすいサイト運営のため公開することにしました。

他のページに比べて情報価値は低いかもしれませんが、華やかに見える海外での生活の本当の姿も見えてくるように書いてあります。はっきり言って、海外での生活は生易しいものではありません。運良く駐在員の座を獲得できた優秀な方は別として、まさに「サバイバル」と呼ぶにふさわしいでしょう。

どうでもいい自己紹介

ハンドルネーム STAND-WAY

どうも本名をWebで公開するのに抵抗があるのでハンドルネームにしています。
今までメールを下さった方へは、ほとんどの場合実名で返信してます。
居住地 Sydney近郊の St Leonards(「セント・レナーズ」と読みます)

何でそこにしたかというと、雨漏りハウス時代、会社まで徒歩5分で行けると言う理由でその地区に住み始めたからです。
お仕事 インターネットの技術者

・・・のつもりだったのですが、どうやら営業や雑務系の仕事が多いということに最近気が付いた(?)
日本ではどこに
住んでたの?
北海道生まれ -> 北海道育ち -> 埼玉県の会社に就職 -> 転職して寮を出る
-> 憧れの渋谷区民 -> 結婚して横浜市青葉区へ -> 新婚さん行ってらっしゃい(シドニーへ)
何でシドニーに
住んでるの?
東京在住時代、アメリカ資本の電話会社でインターネット技術者としてカスタマーサポート部に所属。
帰国子女や留学帰りの社員が多く、日常的に英語の飛び交う職場で「純国産」の筆者は肩身の狭い思いをしていました。

そしてある日、シドニー支店転勤の話に一番乗りで手を挙げ、念願の海外勤務へ。

ところが・・・

そこからサバイバルは始まった

<自己紹介からのつづき>

ところがその転勤話には、日本のカスタマーサポート部を閉鎖するというおまけがついてました。そうです、その話は会社再建(早く言えばリストラ)の一環で、閉鎖となる対象の部署にいた私は最初から片道切符だったのです。立場上は、一回クビになってからシドニーで再雇用となるため、駐在員扱いではありません。給料も現地の物価に合わせた額(日本の7〜8割程度)で、現地通貨で支給になります。遠隔地手当?住宅手当?家族手当?そんなもの、ハナっからあるわけがありません。今振り返って思えば、よくそんな条件で決心したものだ。これぞ無知のなせる技。

さらに、渡豪して半年も経たないうちに、なんとアメリカ本社が史上最大の経営破たんを起こし、事実上倒産してしまったのです。幸いにも、破たん後も規模を縮小して経営を続けるとのことで即刻クビになることはなかったのですが、いつクビになってもおかしくはない状況でした。就業ビザは会社がスポンサーになっていたため、会社をクビになれば即座に帰国しなければならないという、非常に危うい立場でした。

「首皮一枚」とはまさにこのこと。まだ英語もロクに身に付いていないのに、そんな中途半端な経験では日本に帰ったところでまともな勤め先があるか分かりません。なんとしてでももう1,2年は踏みとどまらなければ・・・

さあ、そこからサバイバルが始まりました。最初は何と言っても英語力から。上司に頼んで午前中だけ語学学校に通えることになりました(もちろん自腹ですが)。当時は日本時間シフトで働いていたため、夏だと2時間差ですから、12時に会社に着いても日本はまだ10時です。のんびり屋オージーの上司が許可しない理由がありません。とは言っても経済的に限界があるので、とりあえず3、4ヶ月くらいを目処にして学校へ行くことにしました。

語学学校はいろんな国の友達ができて楽しいものです。年齢的に彼らの方が若いことがほとんどでしたが、そこは外国、そんなに気にならないものです。英語力上達の最終目標としては、やはりビザ申請にも使えるIELTS(アイエルツ)を受験して、あわよくば技術移住ビザ(永住権の一部)をゲットして転職するしかない! 豪州おシゴト事情にも書いてありますが、転職をする上で技術移住ビザは最強の武器です。

でも英語だけできればビザが取れるわけではありません。技術移住ビザとは、オーストラリア政府が何としてでも我が国の将来のために欲しい人材に対して発給するものです。その人をひとり受け入れる代わりにオーストラリア人ひとりの雇用が危険にさらされるのです。貧国ならまだしも、いまやオーストラリアは経常黒字の超優良経営国家。2ヶ国語ができるだけで何の技術もない人間なんて必要ないのです。

だから私も英語ばかり勉強していたわけじゃありません。もともと私はエンジニアですから、日々進化する新しい技術にもついていけるように勉強しなければなりません。本当は言葉なんか二の次で良いんです。転職するともなれば、エンジニアは自分の技術力をフルにアピールしなければなりません。当時はインターネット業界に入ってから3年程度でしたが、同じ会社で同じような仕事ばかりやっていると、いつのまにかマンネリになって勉強も怠けてしまいます。私の悪いところです。

ここは今こそ、前々からやってみたいと思っていた自宅サーバーに挑戦して知識を高めなくては!・・・サーバーを立てるならまずWebサーバーだろう。となるとホームページを作らなくては(実はそれまでホームページを作ったことすらなかった!)。でも自分には他人様に見ていただくほどの情報って何か持ってるだろうか・・・。おぉ、そうだ、オーストラリアのビールを紹介しよう!ついでにシドニーの紹介もしちゃえ!・・・というわけで始めたのが、当サイトなのです。


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最初は転職のためのスキルアップが目的だったんですね。サーバー(ビアサーバーじゃないですよ)の方も、今流行り(?)のLinuxをダウンロードしてきて、古いパソコンにインストールして、ADSLにつなげて、いっちょう上がり。ってほどには簡単じゃありませんでしたが、まあどうにかこうにか動いてるわけですね。そうです、どうも写真なんかが重いし、たまにつながらないことがあるな〜と思ってご覧になっていた皆さんに正直に告白すると、上りは128kbpsしか出ないADSLなのです。しかも普通のオウチで健気に動いてる自宅サーバー。マシンなんて今や化石となったペンティアム2です。

バックも白いし、やたらと文字ばっかりで飾り気がないのも、極力ページを軽くするための苦肉の策だったんですね。いいえ、決っして写真とかデザインセンスのない言い訳ではないのです。

かくして、IELTSは目標点に一歩及ばず、30〜50万円くらいかかると言われる技術移住ビザは申請せずに済みました・・・いやいやそうじゃなく、申請できないまま年齢をひとつ重ねてしまい、ビザ申請に必要なスコア(得点)がまた一ランク下がってしまったのです。

さ〜て、どうしよう。今のところ、あと2,3ヶ月でクビになることはなさそうだし、このまま今の会社でもいいかな・・・などと思っていたら、来ました。登録していた人材派遣会社からの転職先紹介です。内容は、同じ通信業界で、しかもビザのスポンサーになってくれるとのこと。外資系文化にかぶれた後にコテコテの日本企業に戻るのはつらいですが、背に腹は変えられません。「ま、面接だけでも受けとくか。」くらいの気持ちで面接したら、これがまたとんとん拍子に話が進み、めでたく採用となったわけです。

日系の通信会社で、エンジニアのつもりで採用されたのですが、営業からアフターケアまで幅広くサポートします(要は雑用?)。日本では誰もが知っている会社だけに、採用される前までは縦割りの超巨大企業かと思ってましたが、意外にもオーストラリア支店は十数人規模で家庭的な雰囲気です。現地採用なので待遇は日本でいう大学新卒並みです。年俸制ですからボーナスも出ません。日系企業だから毎日残業します。でも外国だから手当はつきません。家賃、通勤費、保険、全〜部自腹。退職金なんていうのは異次元世界の単語です。だから手取りになると「えっ?本当にこれだけ?」って感じです・・・わっはっは〜(涙。

それでもシドニーではまあまあ普通の待遇のようです。日本では年収300万という言葉を冠した名前の本が売れていると聞きますが、お金なんて、無きゃ無いなりに生活できるし、あればあるだけ使ってしまうもんです。

しかし、中には私の年収の10倍稼いでいるオーストラリア人も確実に存在します。その格差は、かつて「一億総中流」と言われた日本の平均的な賃金体系からみると、空恐ろしいものがあります。残念ながら、現在の日本を見ていると、華やかだった過去の経済成長は望めず、確実に個人の経済格差が広がっていくのだろうと思います。

ほとんどの方がそれぞれに努力をされていると思いますが、私も同様に、高い収入を得るために景気の良い業界に転職し、技術を身に付け、語学力を高めるため、また競争力ある経験を積むために海外勤務をしています。目下の収入は低いですが、すべては明るい未来のためと思って我慢しています。転職を経験された方はお分かりだと思いますが、良い職を得るためには、何より経験がものを言います。

でも結局それは、所詮誰かに雇われるための努力であって、収入を何十パーセントかは上げることはできても、何倍、何十倍にもするほどのものではありません。オーストラリアでの現実は、極端に言えば後者、すなわち、収入が低い人と高い人では何倍、何十倍の差になります。

オージーの仕事観でも触れていますが、オーストラリア人の仕事に対する姿勢は旧来の日本人のそれとは根本的に異なります。観察しているとはっきりと2つに分かれるのがわかります。ひとつは、クビにならない程度に仕事をして、収入の範囲で自分の余暇を楽しむ人。もうひとつは、今の仕事をステップとして、より高い目標に近づこうとする人。後者の人たちの中には最終的に自分のビジネスを立ち上げることを目標にしている人も少なくありません。そしてその目標に到達した人だけが「何十倍もの」収入を得ているのです。

いずれにしても、ひとつの会社に尽くして人生を会社のために捧げようとしている人を私は見たことがありません。多くのオーストラリア人にとって会社はあくまでささやかな収入を得る道具か、人生のステップに過ぎないのです。私はこの価値観が近い将来に日本を覆い尽くす日がくるかもしれないと思ってます。現在の日本でも一部の人たちの間ではもうすでにそうだと思います。都市部で通信やソフトウエアの業界に携わっている人たちがまさにそうなのかもしれません。

はからずも現在の私は、将来日本がなっていくであろう社会環境下で、新たなサバイバル方法を勉強できる状況にあります。せっかく良いお手本が周りにゴロゴロしているのですから、しっかり見習って今後に生かしたいと思います。

人生はサバイバル。自分の足で立てる道を手に入れるまで、STAND-WAYの戦いは続きます。


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